見たり聞いたり思ったり

服楽し

スティホーム、人に会う訳でなし、服なんてあるモノをまとえばいいのだけど。思い出の服、頑張って買った服、頑張って作った服、朝の自分に問いかけて、今日の服を引っ張り出して着てみよう。その服がチラっと目の入った瞬間、ほわっと思い出が蘇る。服って楽し。

今日も

初めて作った古布の服は、26年前、生まれてくる長男の上着でした。実家にあった古木綿、改めて手に取るとほわっとした感触、今の綿と違う気がする・・・良い。長女が生まれてからも作りました。おかっぱ頭に絣のもんぺ、保育園の運動会、走る姿が可愛くて、泣けました。それから母にも作りました。そもそも母が集めていた古布です、上着、ベスト、パンツ、何を作っても大喜び。いつしか母のクローゼットは私が作った服だらけになりました。16年前、一緒に骨董市へ出かけた時、ある店主さんからその服を卸して欲しいと声をかけていただいて。それをきっかけに今日まで服を作っています。突然世情が大変なことになりました。今日まで応援下さった皆様、友達、家族、有難さをしみじみ感じます。ちょっとの未来も分からない今、皆元気でいられることを心から願います。世の中はどう変わっていくのだろう?私はこれからも作ってもいいのか?捨てられる服の山をニュースで見ると考えます。ホントは何が作りたい?自問自答。答えはまだボンヤリです。でもそばに古布がある、動く体がある、とりあえず、今日も食べて作ります。古布を託してくれた両親に感謝して。

永く

一昨年京都へ行った時、元学生寮をリノベートしたホテルに泊まりました。そのテーマある再生はとても刺激的でした。今回は尾道のLOGへ。車一台入れないこの傾斜地で古い鉄筋の建物(写っていませんが、門の奥に4階建てが有り)、当時どう建てたのだろう?それを4年の歳月をかけてリノベートしてホテルに再生。職人さんの知恵と工夫がそこかしこに。生かせるところは生かし、直すところは一歩先のセンスで丁寧に。周囲とも見事に調和。これからまた永く使われていくのでしょう。

母のチクチク

日航機墜落事故から34年、このニュースを見る度に聞く母の口癖 ”当時病院のベットの上で見ていたのよね~”。母はある日突然倒れ、一週間生死をさまよい生還。次の日から半年間の入院。かなり辛い思い出らしい。病名は一型糖尿病。風邪の菌がたまたま腎臓に入り機能を壊した、という不運。それから1日5回のインスリン投与生活が開始。極度の入院嫌いとなり、懸命に健康維持。糖値や栄養のバランス(値は精神的な要因でも変わるので難しいらしい)、運動、高血糖低血糖などセルフコントロール、とにかく大変ですが前向きにマイペースでよく頑張って、再入院せず今に至っています。ブラボー!食べる事が自由にならないので、仕事は辞め、友達と遊ぶこともなくなり、趣味は父と旅行。何よりのライフワークは古布でチクチクすること。一日の決まった時間に決まった椅子に座り、細かくひと針ひと針、一心不乱に作っては、出来た!達成感を感じるやいなや、箪笥にしまい、また次のチクチクに。とにかくチクチクが大好き。今は父もいなくなり、緑内障で針を持つことも無くなりました。作るばかりでしまっていたチクチク達、もはや母の分身のよう。身の回りに出来るだけ出して、一緒に観て、使って、愛おしもう!

今月10日79歳、おめでとう!

たまたま人生

”どうして帽子をつくってるの展”、タイトルが気になって行きました。帽子作家の須田さん、”僕4代目なんです”。ひいお爺様の代からの家業を引き継がれているとの事。答えは”そこに帽子があったから”か~。考えたら自分も”そこに古布があったから”。たまたま古布好きの母がいて、たまたま実家に古布があったから作り始めた訳で。色々な選択肢はあったけど”たまたま”自分にヒットしたんだな~。たまたま会えたヒト、モノ、コト。それらで人生。地下鉄のマドに映る麦わら姿で思った事。

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